2026年9月6日、VTuber事務所「のりプロ」から大きな発表がありました。
これまで社長を務めてきた佃煮のりおさんが社長を卒業し、今後は「のりプロ創設者/クリエイティブアドバイザー」に就任。
また、これまでの佃煮のりおさんを中心とした個人運営から、担当マネージャーや各種スタッフを置いた組織運営へ移行したことも発表されています。
第2回タレントオーディションも開催予定とのことで、一見すると、
「個人で運営してきた事務所が成長し、ようやく本格的な企業組織になった」
という非常に前向きなニュースに見えます。
実際、この判断そのものはかなり合理的だと思います。
ただ、過去ののりプロや企業側の公開資料まで調べていくと、私は少し違った印象も持ちました。
今回は、のりプロの新体制について、過去の大量卒業やクラシルへのVTuber事業譲渡まで含めて整理してみます。
※本記事は2026年9月8日時点で確認できた公開情報をもとにしています。卒業理由など公表されていない事項については推測と事実を分けて記載します。
佃煮のりお個人に依存していた「のりプロ」
今回の発表では、のりプロが約3年前から新体制への移行準備を進め、2026年1月から実際に組織運営へ移行していたことが明らかになっています。
それまでのりプロでは、タレントのプロデュースだけでなく、マネジメント、営業、グッズ、3D、制作進行など、かなり多くの業務を佃煮のりおさん本人と少人数のスタッフで担当していたとのこと。
本人が倒れれば事務所そのものが止まってしまう。
そんな状況から脱却するため、組織を作ったという説明です。
これは会社経営として考えれば非常に分かりやすい話です。
どれだけ優秀な人でも、一人でできる仕事には限界があります。
むしろ能力が高い人ほど「自分でやった方が早い」となり、気付けばあらゆる仕事がその人に集まってしまうことがあります。
いわゆる属人化です。
今回の体制変更は、この属人化を解消するという意味では非常に合理的だと思います。
ただし、のりプロでは過去に大量卒業も起きている
一方で、のりプロの歴史を振り返ると無視できない出来事があります。
2023年11月には、
- 白雪みしろ
- 愛宮みるく
- 姫咲ゆずる
- 猫瀬乃しん
の4名が、同年12月末で契約満了となり、のりプロを卒業することが一斉に発表されました。
しかも4名はVTuber活動そのものを辞めたわけではなく、2024年1月から個人VTuberとして活動すると公式に発表されています。
この年にはそれ以前にも卒業が続いており、事務所としてかなり大きな転換期だったのは間違いありません。
もちろん、
なぜ4人が同時に契約を更新しなかったのかは公表されていません。
公式発表でも個別の問い合わせには回答しないとされているため、
「運営に問題があったから辞めた」
と断定することはできません。
ただ、少なくとも、
VTuber活動を辞めたのではなく、「のりプロ所属」という形を辞めた
という結果については考える余地があります。
事務所に所属し続けるメリットと、個人で活動するメリットを比較したうえで、契約更新に至らなかったメンバーが複数いた。
それ自体は、プロダクション運営を評価するうえで無視できない事実だと思います。
本人も「社長になるつもりではなかった」と語っていた
ここで興味深いのが、2023年9月に公開された佃煮のりおさんのインタビューです。
本人は、そもそものりプロについて、
- 最初は事務所にするつもりがなかった
- ノウハウもなかった
- 社長になるマインドもできていなかった
- 社長としての意識が生まれたのは事務所設立4年目くらい
という趣旨のことをかなり率直に語っています。
これは個人的にはかなり納得できました。
漫画家、VTuber、プロデューサーとして非常に能力の高い人が、活動を拡大していった結果として、いつの間にか「芸能プロダクションの経営者」まで担当するようになっていた。
しかし、
優秀なクリエイターであることと、優秀な組織経営者であることは別の能力です。
犬山たまきという非常に強いコンテンツを作り、そこから事務所まで立ち上げた時点で、クリエイター・プロデューサー・起業家としての能力が高いことは疑いようがありません。
その一方で、
自分が働く能力と、自分が働かなくても回る組織を作る能力も別物です。
少なくとも初期~中期ののりプロには、この部分で大きな課題があったように見えます。
実は2025年に「VTuber事業譲渡」が発表されている
そして今回、私が一番気になったのがここです。
クラシル株式会社は2025年11月28日、子会社として新設したATF株式会社が、株式会社NROプロダクションからVTuber事業を譲り受けることを正式に開示しています。
取得価額については秘密保持契約により非開示です。
さらにクラシルの2026年3月期決算資料では、2026年1月にNROプロダクションとelevenの2社からVTuber事業の譲受を完了したことも確認できます。
つまりクラシル側の企業資料では、
「VTuber事業の事業譲受」
という形で明確に説明されています。
一方、今回ののりプロ側の発表では、
「佃煮のりお個人運営から運営組織ができました」
という説明がかなり前面に出ています。
ここが私は少し引っかかりました。
※NROプロダクションはのりプロと関連する法人として従来から扱われていますが、今回確認したのりプロ公式サイト上では、ブランド名「のりプロ」と法人名「NROプロダクション」を直接結びつける記載を確認できませんでした。そのため、本記事ではクラシル側のIR、移行時期など複数の公開情報を照合して扱っています。
「属人化の解消」と「事業譲渡」は同じ話ではない
今回の説明を聞いたとき、
「確かに一人で全部やっていたら危険だし、組織化するのは当然だよな」
と私も思いました。
ただ、よく考えると、
属人化を解消することと、事業を他社へ譲渡することは別の話です。
属人化が問題なのであれば、
- マネージャーを採用する
- 部門を作る
- 権限を委譲する
- 業務を標準化する
- 外部から経営人材を入れる
といった方法でも解消できます。
つまり、
属人化している
→ 組織化する
は自然につながります。
しかし、
組織化する
→ 他社グループへ事業譲渡する
は必然ではありません。
ここには、
「なぜ自社内で組織を作るのではなく事業譲渡を選択したのか」
というもう一つの経営判断があります。
クラシル側は事業譲受の目的として、VTuber事業のノウハウと自社のライブ配信事業の知見を組み合わせることなどを説明しています。
クラシル側から見れば非常に明確です。
一方で、のりプロ側から見た「なぜ事業譲渡なのか」という部分については、今回確認できた情報だけでは十分には分かりません。
ここを全部「属人化解消のための組織化」という一つのストーリーで理解してしまうと、少し重要な部分を飛ばしてしまう気がします。
佃煮のりおは経営者として失敗だったのか?
では、佃煮のりおさんは経営者として失敗だったのでしょうか。
私はそう単純でもないと思っています。
むしろ、
事業をゼロから作り、ブランドを育て、最終的に外部企業が取得するだけの事業価値を作った
という意味では、起業家としてはかなり成功した部類でしょう。
ただし取得価額は非開示なので、事業譲渡によって本人や旧運営側がどれだけ経済的利益を得たのかは分かりません。
「高額で売却して大成功した」とまでは言えません。
一方で、プロダクション運営という別の尺度では、
- 創業者への強い属人化
- 2023年の相次ぐ卒業
- その後の大規模な組織再編
という経緯があります。
だから私は、
起業家としての成功と、芸能プロダクション経営者としての評価は分けるべき
だと思います。
「会社を作って価値を高めた」という点では成功。
「所属タレントが長く安心して活動できる組織を作れたか」という点では、少なくとも途中までは課題が大きかった。
この二つは両立します。
私が少し信用しきれない理由
そして今回調べていて改めて感じたのが、佃煮のりおさんの「説明の上手さ」です。
配信などで話を聞いていると、かなり理路整然としています。
話自体も面白い。
自分がどう考え、なぜその判断をしたのかを言語化する能力はかなり高い人だと思います。
だからこそ、私は逆に少し警戒してしまいます。
今回も、
「自分に業務が集中していた」
→「将来が危険だと考えた」
→「3年前から組織化を進めた」
→「新体制が完成したので社長を卒業する」
という説明は非常にきれいです。
しかし企業資料まで見ると、その途中には、
「VTuber事業を別会社へ譲渡した」
というかなり大きな出来事があります。
もちろん、説明している内容が嘘というわけではありません。
また、
「自分に不利な事実を意図的に隠している」
と断定できる証拠もありません。
ただ、
自分が説明できる情報を選び、その中で非常に整合的なストーリーを作っているように見える
という印象は残りました。
過去の大量卒業についても守秘義務などがあり、話せない情報があるのは当然でしょう。
それでも結果として、外から見る人間が判断するための重要な材料が欠けたまま、運営側の説明だけが残ることがあります。
そのため私は今後のりプロについて何か大きな出来事があった場合、
本人の説明だけで判断せず、公式発表や企業資料、実際の時系列も一緒に見る必要がある
と感じています。
まとめ:新体制自体は合理的。ただし「美しい成功物語」だけでは見ない
今回ののりプロの新体制そのものについては、私は基本的に良い判断だと思っています。
創業者一人に多くの仕事が集中する状態を続けるより、専門スタッフに任せた方がタレントにとっても安全です。
佃煮のりおさん自身も、経営実務から離れてクリエイティブや犬山たまきの活動に集中した方が強みを発揮できるでしょう。
第2回オーディションを行い、今後さらに事務所を拡大するのであれば、なおさら組織化は必要です。
ただし、
「属人化に気づいた有能な創業者が、3年間かけて組織化を成功させ、きれいに社長を卒業した」
というストーリーだけで今回の出来事を見るのも少し違うと思います。
過去には大量卒業がありました。
創業者への強い属人化もありました。
そして2025年には、クラシル側からVTuber事業の譲受が公表されています。
これらまで含めると、
「個人クリエイターが立ち上げた事務所が成長する中で組織運営の限界に直面し、最終的に外部企業の運営基盤へ事業を移した」
という方が、私は実態に近いように感じます。
これを失敗と見るか、事業承継の成功と見るかは人によって違うでしょう。
個人的には、
クリエイターとしては非常に有能。起業家としても成功。ただし、プロダクション運営については批判されても仕方のない部分があり、その評価まで事業譲渡の成功で帳消しになるものではない。
今のところ、そんな評価です。
そして何より今回感じたのは、
理路整然と説明できることと、その説明だけで全体像が分かることは別
ということでした。
話が分かりやすい人ほど、「何を話していないのか」まで確認する必要があるのかもしれません。






